超高齢社会に潜む経営リスク
2023/7/11配信
「実践経営講座 No.31」
超高齢社会における、経営の潜在リスクがテーマです。
超高齢社会に潜む経営リスク
◆ リスクは密かに目覚める
中部地区で事務機器の卸売業を営む、創業21年、従業員45人のN社の事例です。
会社の全株を所有する社長のT氏は66歳、家族は奥様だけで子供はいません。
業績は好調で後継者については、3年前に、創業時から右腕として社長を支えてくれた、営業本部長のY氏に打診し、いずれは事業を引継ぐ内諾を得ていました。
1年半ほど前から、T社長は体調不良で休みがちとなり、出社しても覇気がなく、取引先との面談予定をうっかり忘れるなど、心身に衰えが見え始めるように。
ここ3カ月ほどは全く出社できず、社長の実務はY営業本部長が担い、社長に代わって奥様が決裁する形で、業務は維持されていました。
そのような状況のある日、Y営業本部長は、T社長の奥様からH氏を紹介され、こう告げられたのです。
「今後、この会社の経営は、H氏に任せることになりました」と。
T社長は、ここ数カ月で意思決定や意思表示が自身で行えないまでに、認知機能が低下し、脳血管性の重度認知症と診断されていたのです。
3カ月前のこと、T社長名義で取引銀行から購入した、投資信託商品の満期償還手続きの際、T社長は担当者と意思疎通ができず、奥様が同伴していたにも関わらず、銀行から決済を拒否されてしまいました。
この件を機に医師の診断を受け、奥様が弁護士に相談、やむなく法定後見制度に頼ることに。
配偶者である奥様が申立人となり、成年後見申立開始を申請、家庭裁判所がT社長の法定後見人(補助人)に選任したのが、司法書士のH氏だったのです。
◆ 法定後見制度が招く経営危機
後見人は、被後見人の財産について管理権、代理権を有し、契約などの法律行為を被後見人本人を代理して行使します。
そのため、N社の経営に関しても、T社長の財産管理も、後見人であるH氏に委ねることになったのです。
T社長の奥様は、後継者に負担をかけない形での事業承継が夫の意志だったとし、T社長の持ち株を、後継予定だったY営業本部長へ一定数無償で譲渡し、残りを額面価額で会社に売却するよう後見人のH氏に依頼しました。
しかし、後見人は、T社長本人が不利益を被るとして拒否。
この時点でN社の純資産は資本金の35倍、無償譲渡や時価を下回る価額での株の売却は、T社長の損失となるためです。
後見人の仕事は、配偶者や証明の無い過去の社長の意志に関係なく、被後見人の現時点での利得を前提に権利を代理行使することです。
法定後見の場合、被後見人が経営者だからといって、企業経営を理解する人間が、後見人に選任されるとは限りません。
社長が被後見人ともなれば、口座も後見人に管理され、取引先との信頼関係も毀損、事業継続が困難になることもありえます。
N社の場合も、Y営業本部長が主だった社員を引き連れ、同業他社のG社に転職、取引先もG社に流れ、N社は結局、半年も経たず休業状態に。
また、T社長個人の口座も後見人に管理され、T社長を介護する奥様も、何かと不自由を強いられる状況になってしまいました。
◆ 不慮、不測の事態に備えて
東京商工リサーチ「全国社長の年齢調査」によれば、2022年の社長の平均年齢は63.03歳、60歳以上の社長の構成比は60%超、社長の年齢分布のうち70歳以上は全体の33.3%、休廃業・解散した企業の社長の年齢平均は71.6歳と、いずれも前年を上回っています。
また、平成29年度高齢者白書(内閣府)の推計では、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になるとのこと。
超高齢社会において、休廃業した社長の年齢平均と認知症の相関性は明らかです。
2022年の高齢者人口率は29.1%、進行する超高齢社会の中で、経営の舵取りをする社長にとっても、N社とT社長の事例は他人事ではありません。
しかし、多くの中小企業は、オーナー社長個人の力量と信頼で、経営を維持しているのが実情です。
不測の事態に備えるには、社長の右腕となり後継者となる人材を育て、社長が現場の実務から離れて、マネジメントに専念できる体制作りが、一義的には重要な課題です。
その上で、事業継続計画や事業承継計画を策定し、社長の不慮の事態への対応策を定めておく必要があります。
事業継続計画では、社長が自身で、口座の自己管理や法律行為の行使ができない状態も想定し、対応策を打っておくべきです。
例えば、社長が健康なうちに不慮の事態に備え、配偶者や家族に財産の管理を委ねる契約を取り交わしておくのも一つの方法です。
また、任意後見制度を利用し、事前に社長の信頼できる人を後見人に指名しておくこともできます。
最近では、信託銀行が扱う事業承継信託などもあるようです。
財産管理委託契約も任意後見も、不備な点は多いものの、適性が不明な法定後見人に財産管理と経営を委ねるよりは、安全な対策だと思われます。
点睛を欠き、苦労して築き上げた会社と大切な従業員や家族を不幸にすることは、決してあってはなりません。
超高齢社会ならではの、会社と経営者を取巻く潜在リスクを認識し、選択肢を失う前に具体的な対策を施しておきたいものです。
編集後記
社長の認知症とともに、経営者のうつ病や統合失調症も隠れた経営リスクです。
一説では、雇用主のうつ病の発病率は、被雇用者の約6倍とのこと。
マスコミは、労働者側の社会問題は取り上げても、経営者の認知症やうつ病などの問題を伝えることは稀です。
報道されない経営者の社会問題にも気配りし、対策しておくことも大切なリスクマネジメントの一つです。
(文責:経営士 江口敬一)