経営のダイナミズムと負の情動
2023/8/1配信
「実践経営講座 No.32」
経営の情理と数理がテーマです。
経営のダイナミズムと負の情動
◆ 経営の不条理
経営の結果は、貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)に数字となって表れます。
B/S、P/Lから財務分析がなされ、収益性、安全性、生産性、成長性を総資本経常利益率、流動性・固定比率、労働分配率など様々な数値で、金融機関などステークホルダーに評価されることになります。
財務数値次第で、資金も潤沢に調達できれば、融資を打ち切られ廃業、倒産に追い込まれることも。
中小企業の場合、その責任を負うのは、社長ただ一人のみ。
本来、経営者は数理に徹し、数値で利益を追求するのが使命です。
しかし、それを許さないのが「経営の不条理」と言うべきものです。
不条理の原因は、ヒトという経営資源が、数理では計れない、感情を持った人間であることに起因しています。
経営の結果は、冷徹な数値でありながら、経営のプロセスは数理ではなく、情理に左右される。
これが経営の実態ではないでしょうか。
◆ ダイナミズムと負の情動
経営資源の内、モノ、カネは数理で扱えても、ヒトは情理で統御しなければなりません。
ヒト、モノ、カネの経営資源が揃っていても、動力となる、ヒトの情動が生むダイナミズムがなければ、事業は前に進まないからです。
経営者の仕事とは、モノとカネを数理で計り、情理を操ってヒトの情動をダイナミズムに変えて、事業を推進し、利益を上げることとも言えます。
ヒトの情動は、ダイナミズムのようにプラスに働くこともあれば、マイナス要因となることもしばしばです。
派閥や仲良しグループを作り、合理性より人間関係を優先し、本来得られるはずの利益を逸失する。
現状の空気に爪を立てるのを恐れ、新たな事業に取組めない。
問題社員の身勝手な言動に振り回され、会社や真面目な従業員の生産性を貶める。
これらは、ヒトの負の情動によるものです。
モノは規格で標準化、均質化することができ、カネには色が付いていません。
ヒトには、それぞれに個性と人格があり、一律に標準的、均質的に整えることはできません。
ヒトの情動をダイナミズムに変えて成果を得るのか、組織内のマネジメントに消耗し、負の情動により機会損失を招くのか。
ヒトの情動を統御し、冷徹な数理でもって組織を率い、目標を達成する力こそが、社長の統率力です。
◆ 経営理念が必要な理由
とは言え、ヒトの情動を統御し、財務数値で、結果に責任を負う社長の苦悩は、ヒトを使ったことのない人間には、到底、理解できるものではありません。
従業員は、プロセスでの努力に評価を求め、社長は、結果である成果に重きを置く。
事業の継続と収益が最大課題の社長と、家庭と家計の安定が最優先の従業員とでは、根底にある考え方も価値観も相違があって当然です。
社長の経営者としての目標と従業員個々の目標のベクトルを合わせ、経営目標を達成するのは、簡単なことではありません。
それ故、経営理念が、価値観の最大公約、最低限の行動規範として、必要とされるわけです。
ヒトの情動による影響は、組織が小さいほど、大きなものになります。
大企業より中小企業であるほど、ヒトの情動は、経営に大きな影響を与えるものです。
中小企業が急成長する局面では、モノやカネより、ヒトの情動によるダイナミズムが、事業を拡大する大きな推進力となります。
一方、社長が従業員の顔色をうかがい過ぎて、意思決定が曖昧となり、経営判断を誤りがちなのが、中小企業です。
ヒトの情動をダイナミズムに集約するには、社長が従業員の感情を受け止めながらも、冷徹に数理に徹し、利益を追求する意志と姿勢を明確に示す必要があります。
報酬は、努力ではなく成果の対価であること。
利益を叩き出してこそ、自己実現と社会貢献に寄与できること。
「情」でプロセスの努力は認め、「数」で成果たる利益の重さを諭す。
「情」と「数」の「理」を、社長自身の信念で貫くことが、真の人材育成であるはずです。
◆ 経営の重さ
筆者が経営者だった頃のある日、独立した元社員が訪ねて来てこう言いました。
「社長がいつもおっしゃっていた、努力より成果に徹し数字でものを言え、利益があってこそ夢はかなえられる。自分も経営者になって、初めてその言葉の意味が分かりました」と。
中小企業の社長は、孤高の人。
ヒトを統御する情理、経営計画と戦略の数理、財務数値に表れる経営の結果。
社長以外に、その「経営の重さ」を理解できる人は、誰もいません。
評論家の多くはヒトの側面に偏って、経営や経営者のあるべき姿を語りたがります。
雇用と人材育成の責任を企業に負わせる、日本特有の制度と社会の雰囲気を前提にした、人的資本経営の類。
論語や大企業創業者の伝記、語録をかざし、経営者に聖人君主たることを求める評論家などは、その典型です。
経営は人による営為であり、生き物です。
情やきれい事だけで、経営目標が達成されるものではありません。
にもかかわらず経営者が、やっかいな情理と数理を操り、事業を遂行し続けるのは、目標を遂げた時の社長にしか得られない、特別な達成感があるからです。
経営コンサルタントには、中小企業の社長の心情に寄り添い、社長の立場で、社長のマネジメントを支えていただきたいものです。
編集後記
従業員と社長の価値観は、完全に交わることはない。
経営者である以上、ヒトの悩みからは逃れられない。
評論家はいつも、使われる立場できれい事を言いたがる。
との割り切りも、社長には必要かもしれません。
そもそも社長は、従業員や評論家と違い、孤高の人です。
それ故、経営の重さに苦悩しながらも、常人には得られない、経営の醍醐味を味わえるのです。
(文責:経営士 江口敬一)