反グリーンウォッシュで経営革新を実現する
2023/12/5配信
「実践経営講座 No.38」
サステナブルを活用し経営革新を実践する話です。
反グリーンウォッシュで経営革新を実現する
◆ グリーンウォッシュの衝撃
T社は、2005年にS社長がLOHASブームに乗り創業した、伊豆大島の椿や沖縄の月桃の種子からから抽出される精油(アロマオイル)の販売会社です。
2010年以降は、エシカルブームを背景に「天然由来の素材で心と体に優しい」「自然と環境に配慮したアロマオイル」を商品コンセプトに、SDGsの取組みをアピールしながら商品数と売上高を伸ばしてきたものの、ここ数年は頭打ちの状況に。
そこで、香水、香料文化が浸透している欧州を視野に、「和の天然アロマオイル」のコピーで海外への販売を思い立ち、商工会から紹介された貿易商社に相談すると、思わぬ答えが返ってきました。
グリーンウォッシュ規制と取締の厳しい欧米では、「天然由来」「自然と環境への配慮」となるエビデンス(証拠)とトレーサビリティ(生産・流通追跡情報)の証明がないと、「グリーンウォッシュ」と見なされ、企業イメージを棄損するリスクが大きい。
輸出先は、規制の緩い中国にしてはどうかとの返答でした。
中国にはすでに、競合各社が進出済みで、T社が割り込む余地はほとんどありません。
また、グローバル企業やその取引会社では、グリーンウォッシュ対策は常識との話も聞かされました。
初めて聞く「グリーンウォッシュ」の言葉に困惑したS社長は、当面、輸出を見合わせることにしました。
◆ SDGsマーケティングの実態
グリーンウォッシュとは、環境やサステナブルのイメージが強い「グリーン」と、うわべを取り繕う、ごまかす、だます、の意味で使われる「ホワイトウォッシュ」との合成語。
環境やサステナブルに取組んでいると見せかけ、広告効果を高めたり、投資や税制面での優遇を受け、自社のみが利益を得ている状況や姿勢を指します。
また、SDGsについても見せかけで内実のない取組みが、「SDGsウォッシュ」として指摘されることもあります。
欧米では、近年のエシカル消費やESG投資、GXなど、環境やサステナブルに配慮した消費や投資、生産活動が社会動向として注目される中、グリーンウォッシュ・SDGsウォッシュは、社会に対する悪質な詐称、反社会的行為として規制の対象となっています。
日本企業においても、生産過程での人権、労働環境への配慮を明言しながら、ウイグル新疆自治区の強制労働への関与を疑われた大手アパレル企業、国内でSDGsへの取組みを謳いながら、海外で化石燃料企業に多額の出資を行い、国連環境計画・金融イニシアティブの責任銀行原則に反すると批判を受けたメガバンクなど、海外の国際的な環境団体、消費者団体からグリーンウォッシュ・SDGsウォッシュ企業として糾弾される事例も、多く見受けられます。
欧州では、ガイドラインを策定しグリーンウォッシュに該当する広告を出稿した企業に罰金を課し、企業名を公表する規制や取締が年々強化される傾向にあり、2023年、欧州議会は、環境に関する主張やラベルを実証・検証することを義務付ける「反グリーンウォッシュ」規制強化案を可決しました。
一方、日本では、有機JAS認証など一部を除き、具体的なグリーンウォッシュの法的規制はなく(2023年現在)、安易に商品、サービスや民間資格、商標に環境、サステナブル、SDGsなどを冠して、広告宣伝効果を狙う「SDGsマーケティング」が、横行しているのが現状です。
また、環境、サステナブルが経営のトレンドと語り、グリーンウォッシュやエビデンス、トレーサビリティには触れず、中小企業にSDGsの取組み、推進を売り込むコンサルタントが一部にいることも事実です。
◆ グリーンウォッシュ7つの罪
T社のS社長も、そんなコンサルタントの口車に乗り、安易にSDGsに取組んだ社長の一人でしたが、輸出を見合わせたのを機に、SDGsとグリーンウォッシュについて勉強。
結果、あるアイデアに思い至りました。
日本にまだグリーンウォッシュの規制がなく、関心も薄いのであれば、今のうちに反グリーンウォッシュに取組むことで、頭打ちと思い込んでいた国内市場で、いずれ商機が訪れるのではないか、また、それ以上の成果も得られるかもしれないと。
S社長は、社内に役員も含む「反グリーンウォッシュ・プロジェクト」チームを作り、SDGsマーケティングに否定的な経営コンサルタントのK氏をアドバイザーに加え、全社規模でプロジェクトを開始しました。
トレーサビリティを明らかにして、自社の商品が内実ともに「天然由来の素材で心と体に優しい」「自然と環境に配慮したアロマオイル」であることの論拠を開示することが、プロジェクトチームのミッションです。
そこでプロジェクトチームは、3つの基本方針を示しました。
1.実態が伴うまでSDGsの取組み・推進を掲げない
2.「グリーンウォッシュ7つの罪」を一つひとつ潰していく
3.トレーサビリティを自社のコーポレートサイトで開示する
グリーンウォッシュ7つの罪とは、「トレードオフ隠ぺいの罪」「証拠を示さない罪」「曖昧さの罪」「誤ったラベル表示の罪」「より悪いものと比較する罪」「嘘をつくことの罪」のことで、米国第三者安全科学機関が公表しているものです。
まずは、コンサルタントの「具体的な活動や成果もなくSDGsの取組み・推進を掲げると、グリーンウォッシュとの指摘と批判を受けかねない」とのアドバイスに従い、コーポレートサイトからSDGsの文言とホイールマークを削除。
しかし、「7つの罪」を潰し、トレーサビリティを明確にするのは予想以上に困難な作業となりました。
精油の製造元も原料となる種子の生産農家もグリーンウォッシュへの関心は低く、生産工程や搾油、精製技術が外部に漏れることへの警戒心もあり、必ずしも協力的ではなかったからです。
◆ モチベーションとダイナミズムの醸成
プロジェクト推進にメンバーや社員が悪戦苦闘する中、S社長は、ただ報告を聞き静観しているだけでした。
この状況は、想定内であり期待する状態でもあったからです。
プロジェクト開始から半年、S社長は、Y社として初めてとなる中期3カ年経営計画作りに取りかかることを全社に告げます。
中期経営計画策定委員会を発足し、プロジェクトメンバーをそのまま委員とし、改めてコンサルタントのK氏にアドバイザーを依頼しました。
委員会で策定手順の勉強会やリサーチ、SWOT分析などを行い、委員会発足から半年、反グリーンウォッシュ・プロジェクト開始1年後にして、第1期中期3カ年経営計画の発表に至ります。
ビジョンに描かれた3年後のありたい姿は、精油を生産できる自社工場を持つこと。
原料となる種子などの農産物は、有機JAS認定を受けたものだけを栽培農家から直接仕入れ、全商品を自社工場で搾油、精製したもののみとし、既存商品からのブランドチェンジを行い、売上総利益を倍増させること。
そして「人と自然に優しい真のエクセレントカンパニーとなること」でした。
委員会の上伸を受け、社長が決定する形で策定された中期経営計画ですが、この形こそがS社長の狙いだったのです。
社員たちは、トレーサビリティを追うことで、自社商品のサプライチェーンや収益構造についての知識を身に着け、内実を伴わないSDGsの取組に対する問題や課題、自社事業のあるべき姿への関心を少しずつ高めていました。
S社長は、トレーサビリティに右往左往する社内の様子を横目に、社員と役員のモチベーションとダイナミズムが醸成されるのを待ち、タイミングを見計らっていたのです。
金融機関の中期経営計画への評価も高く、結果、経営計画2年度目で製造工場の買収に成功、製造を内製化することで売上総利益も向上し、ビジョン実現に向け、体制を整えることができました。
T社の経営計画が「絵に描いた餅」にならなかったのは、経営計画を策定する前に、反グリーンウォッシュ・プロジェクトを通し、社長と社員たちの間で、現状の問題と課題、方向性の共有ができていたからです。
T社は現在、次の3年に向け、自社農園を持ちサプライチェーンを一元化することと、一度は諦めた欧州への自社商品の輸出を骨子とした、第2期中期経営計画策定の準備を進めています。
S社長の思惑通り、日本国内に反グリーンウォッシュの風が吹くかは、まだわかりません。
しかし、グリーンウォッシュを意識改革と経営革新のツールに活用し、業態をサプライチェーン全体に広げるS社長の着想とプロセスの構築法は、業績停滞に悩む中小企業の社長には参考となる事例です。
また、S社長の目論見に従い、アドバイザーとして経営計画策定に向け、社内の雰囲気作りを側面からリードしたコンサルタントK氏の起用も、コンサルタント活用の好例かと思います。
国内と海外に限らず、内の世界と外の世界の落差に機会は潜んでいるのかもしれません。
落差を見出し、機会に変える目とセンスも、経営者と経営コンサルタントの資質ではないでしょうか。
編集後記
「名将は演出に長け好機を逃さない」との言があります。
「機を見るに敏」であるためには、好機を自ら演出する用意周到さも社長には必要です。
社長が秀でた演出家であっても、優れた演出助手がいなければ、経営という舞台は成功しません。
舞台に立たない第三者の視点で社長を支える、経営コンサルタントの演出助手としての役割も、決して小さなものではありません。
(文責:経営士 江口敬一)