山と経営その1 世界最高峰と経営計画
2024/4/9配信
「実践経営講座 No.44」
経営の知見と社長の成長がテーマです。
山と経営その1 世界最高峰と経営計画
◆ 経営を登山に例える
経営は、よく登山に例えられます。
山頂は達成目標、登山ルートは達成プロセス、登攀スタイルや装備の選択は経営戦略、登山計画は経営計画に、といった具合です。
実際に登山を趣味とする社長も多く、中には経営者というより登山家、アルピニストとも思える人がいます。
アジアン雑貨やアパレル通販を営むG社のS社長は、今年9月にエベレスト登頂に挑みます。
S社長は、筆者の冬山のパートナーであり、18歳年下ながら、一緒に経営を学んできた仲間でもあります。
2月、厳冬期の北アルプス西穂高岳にアタックする前夜、山小屋で彼は、こう語りました。
「世界最高峰に立つことを目指し、3年以内に先ず南米の最高峰アコンカグア(6980m)を、次にヒマラヤのマナスル(8160m)に登頂し、高所登山の実戦経験を積んできました。去年、計画通りマナスルに登ったので、いよいよエベレストにチャレンジです」
「経営でいえば、世界最高峰を目指すのは理念、エベレストは経営目標、アコンカグアとマナスルはビジョン。3カ年計画で、高所での環境適応力と登攀技能を磨きました。西穂高を下りたら、エベレスト登頂のアクションプラン作りに取りかかります」と。
実際に中期経営計画を策定し、業績を向上させてきた彼だけに、山との例えも妙に共感でき、二人で笑い合ったことを覚えています。
◆ 山と経営計画
S社長にとっては、地球上の最高点を目指すことが、経営に対するモチベーションであり、事業を成長させるダイナミズムの源泉です。
S社長が、中期経営計画作りに取組んだ動機も、エベレストに挑むためでした。
海外登山の遠征には、多くの費用と時間を必要とします。
エベレスト登頂だけでも1000万円ほどの費用と、2カ月近い遠征期間を要します。
そのため、費用を賄えるだけの役員報酬と、遠征の間、自分無しでも会社が回る環境作りが、エベレスト挑戦の必須要件です。
G社の中期経営計画で、売上高、営業利益率の倍増と社長の後継者を育てるとの、S社長がエベレスト並みに、高い目標を掲げたのも、必然だったかもしれません。
目標必達にエベレスト挑戦が賭かるS社長の気迫は、雪崩のようなダイナミズムを生み、社長と社員が一丸となり目標に向け駆け始めます。
第1次中期経営計画初年度から、創業以来、右腕であったM氏を専務に抜擢。
現場だけでなく、取引先の社長や金融機関との交渉には必ず同席させ、マネジメンの実務を学ばせながら、わずか3年で、社長の代わりが務まるよう育てていきました。
第2次中期経営計画からは、マネジメントの大部分をM専務に委ね、S社長は、月次目標管理報告書に目を通しつつ、大局から経営のアドバイスをすることにしました。
S社長が立ち位置を決め、アコンカグアやマナスルなどの遠征に出かけ始めると、社長不在がG社で常態化していきます。
すると、社員から主体的に顧客開拓や新商品の仕入れ提案、ECサイトの新たな運用提案などが、活発に出はじめました。
それをM専務が、S社長のアドバイスを参考に取りまとめ、毎期、着実に業績を積上げていったのです。
もはやM専務は、S社長の立派な後継者です。
◆ 山と経営は表裏一体
結果、G社の業績は、第2次中期経営計画を終えた時点で、売上高8億5千万円、営業利益9千万円と目標を達成し、中期経営計画策定前に比べ、売上高、営業利益率ともに倍増。
業績向上の要因は、社員が提案し、M専務がプロジェクトリーダーとなり推し進めた新ブランドのEC展開が、新たな収益の柱に育っていたことでした。
ちなみに、S社長からM専務へのアドバイスとは、登山計画や高所登山から得た知見によるものでした。
目標達成の一方、S社長は、遭難死と人事不省になった場合に備えたBCP対策も策定していました。
これも高所のデスゾーンに身を置く体験から得た、知見の一つです。
社長にとって、経営だけが人生だとは限りません。
経営とはかけ離れた人生の目標を持つことで、違う世界の知見が得られます。
経営の実戦で得た知見に、異質な知見が交わることで、思わぬ成果も生まれます。
山に行きたい、世界最高峰に立ちたいとの思いが、いつしか経営と表裏一体となり、社員の成長と業績向上に繋がった、S社長とG社の事例は、その一つです。
「経営こそ我が人生、会社こそ我が命」も経営者の立派な人生観です。
経営の先に人生の目標を置くのも、一つの経営者の生き方です。
何れにせよ、社長には、知見を養い自身が成長する生き方、人生観が求められるのではと思います。
編集後記
G社でもっとも成長したのは、S社長自身だったかもしれません。
彼が一人で登山を始めたのは、社員が思うように動かず、経営の煩わしさから逃れるためでした。
その頃は、「経営理念はきれいごと。必要なし」でしたが、エベレストが目標となり、その考え方が変わります。
中期経営計画とともに「G社は、誰もが夢にチャレンジできる世界を目指します」との経営理念を掲げたのです。
「社員と共有できる理念がなければ、経営目標は達成されない」
「それは山と同じ。困難な山ほど、パーティーに挑戦するコンセプトが必要となるから」
これも山小屋の夜話で、彼が語ったことです。
(文責:経営士 江口敬一)