流水の清濁はその源に在り(貞観政要)
2020/10/27配信
「中国古典から学ぶ経営 No.14」
今回は「貞観政要(じょうがんせいよう)」からの言葉です。
流水の清濁はその源に在り(貞観政要)
◆ 貞観政要(じょうがんせいよう)とは
貞観政要は、唐の太宗とその重臣が政治について論じたものを編集した言行録です。
太宗は唐の第二代の皇帝で、父親の高祖と共に唐朝の創建に当たった中国史上有数の名君の一人に数えられています。
そして、貞観政要は古来から帝王学の教科書とされている書物です。
「貞観」は、太宗の在位の年号で、「政要」は政治の要諦を言います。
◆ 言葉の意味
「流水が澄んでいるか濁っているかは、源流の良しあしにかかっている」という意味です。
つまり、トップがまともであれば、おのずから部下もまっとうになり、トップがでたらめであれば、自然にそれが部下に伝わって行く、ということを言っています。
そして、太宗はこの言葉のあとに、「君主がでたらめなことをしているのに、臣下にまっとうなことを期待するのは、ちょうど濁った源をそのままにしておいて、流水の澄むことを望むようなものだ」と続けています。
政治のリーダーや経営者の心構えを説いた言葉ですね。
最近の例でいえば、「モリカケ、桜」の政治家や官僚の言動を見れば、そのことがよく分かります。
◆ 経営に活かす
今回の言葉からは、いろいろな名経営者のことが思い浮かびます。
例えば、パナソニックの松下幸之助さん、ソニーの井深大さん、ホンダの本田宗一郎本渡総一郎さん。
きっと「源」が澄んでいたからこそ、立派な企業に育っていったのです。
一方、最近の「かんぽ」の不正問題やレオパレスの違法建築の問題は、「源」が濁っていたのではないかと思われます。
企業の不祥事や業績の衰退の「源」は、経営者にあると言っていいです。
経営者の心構えや姿勢が、そのまま企業経営に現れていきます。
そのためにも経営者はどこまでも立派な人間を目指すことが必要です。
編集後記
太宗の言葉に、こんなものもあります。
「政治(経営)をうまく行うポイントは、人材を得ることにある」
太宗が名君と言われるゆえんは、人材をうまく登用したことにもあるようです。
貞観政要を読んで、経営者の心得に触れられてはいかがでしょう。