日本経営士会中部支部

2021-12-21

賃金制度改革で業績改善を目指す

2021/12/21配信


「実践経営講座 No.4」

業績向上のための賃金制度見直しのお話です。


賃金制度改革で業績改善を目指す

◆ 賃金は社員が算定する

社員数25人、役員3人の食品加工会社Y社では、毎月第2月曜日に月次成果報告会が行われます。

報告会には社長以下、全員が電卓を持参して参加します。


ホワイトボードには、前月の売上高、製造原価、売上総利益が事前に板書されています。

各自が電卓で売上総利益(≒付加価値)を社員、役員の人数で割算し、売上総利益/人(≒付加価値生産性)を算出し、輪番の担当者が額面を書き入れます。

さらに、付加価値生産性の40%の金額を算出し、ホワイトボードに〇月度成果報酬基準額として記入します。

40%はY社の基準労働分配率です。


成果報告会では、前月の売上高、製造原価、売上総利益、付加価値生産性、成果報酬基準額が坦々とホワイトボードに板書されていきます。

月次の財務実績とそれに対する成果報酬基準額を役員、社員が確認し、15分ほどで成果報告会は終了します。

Y社では、この月次成果報告会を2009年4月から欠かすことなく続けています。

◆ 賃金の基準は付加価値生産性

Y社の賃金規定は、基本給=最低賃金+(最低賃金と成果報酬基準額)の差額です。

成果報酬基準額に満たなくても、当然、最低賃金は補償されます。

定期昇給や賞与の支給は有りません。


Y社の営業利益率は、売上総利益に対する人件費率が平均で48.5%を超えればマイナス、それ以下だとプラスとなります。

営業利益率と売上総利益に対する人件費率は、トレードオフ関係にあるため、Y社の場合、売上総利益の40%を社員、1.5%を役員に分配した場合、7.0%の営業利益が確保できる計算です。

期末決算で、営業利益が7.0%を超えた場合、特別分配金として規定額が社員に支給され、新年度の役員報酬にも反映されます。

売上総利益と付加価値生産性が増大すれば、会社の利益も社員、役員の報酬も増える仕組みです。


付加価値生産性を基準にした成果報酬制度は、日本の企業では一般的ではありません。

Y社でも、この成果報酬型の賃金制度を導入するのに3年を要しました。

Y社のS社長は、2006年3月、社員総会で発表した中期経営計画の中で、3年後には成果の見える化、成果に応じた公平な成果型報酬制度を導入することを掲げました。

3年をかけ就業規則の改定も含め、社会保険労務士、弁護士、経営コンサルタントの知見も取り入れながら、成果報酬型賃金制度の仕組みを作り、実施に至ったのです。


何故、S社長は、成果報酬型の賃金制度にこだわったのでしょうか?

◆ 賃金は成果の対価

S社長は、リーマンショックを機に、定期昇給や賞与慣行を重視する日本型の賃金制度に疑念を抱くようになりました。

毎年、自動的に業績が上がり、夏と冬に空からお金が降ってくるわけではありません。

右肩上がりの高度成長期の名残で、年中行事的に定期昇給や季節賞与の支給を続ければ、いずれ経営が破綻するのではないか?。

  • 事業資金、営業利益、社員・役員の報酬の源泉は、売上総利益である
  • 賃金は成果の対価。成果とは、客観的な付加価値生産性である
  • 報酬は、付加価値生産性を基準に合理的に分配されるべきものである

「報酬は成果の対価」という考え方が「成果に焦点を合わせる」社風を根付かせ、社員の自律的な能力開発や積極的な新規事業の開拓につながる。

そのように考え至り、成果報酬型賃金制度の導入を決意したのです。


変革には、大きな痛みを伴います。

ましてや賃金制度を根幹から変えるとなれば当然です。

Y社でも成果報酬型の賃金制度の移行に納得出来ず、多くの社員が去っていきました。

残ったのは「成果を共に叩き出し、共に分け合う」という社長の考え方に共感する社員と役員達です。

結果、部門を越えて「成果に焦点を合わせる社風」が徐々に根付き、業績にも反映されていきました。


2020年度には総務担当者の発案から全社プロジェクトで商品化した、地元特産食材を使った発酵食品の売上高が大きく伸びました。

消費者の健康志向とコロナ禍での内食需要を取り込み、売上総利益、付加価値生産性も前年を大きく上回りました。

2021年3月期の決算では、リーマンショック以降最大の増収増益となり、社員には特別分配金が支払われ、新年度からの役員報酬の増額も承認されました。

「成果に焦点を合わせる社風」は、業績好調時よりも危機に面した時にこそ真価を発揮します。


Y社では、「賃金は、給(たま)へ与えられるものではく、成果に報いに酬(おう)じるもの」と定義し、毎月の給与明細書を「月額報酬明細書」と改めています。

全社一体となって打ち手を繰り出し、成果である利益を追求してこそ、事業の継続と社員の生活は守られます。

そのことを普段からあの手、この手で社員、役員に意識付けておくことも、社長の大切な仕事です。


営業利益率と労働分配率の相関関係を数値で把握することは、収益構造を見直す上で重要な視点です。

財務計画や人員計画を策定する際には、賃金制度の在り方についても留意したいものです。

編集後記

成果報酬型賃金制度の合理性は、ほとんどの経営者が認めています。

しかし、世間相場や年功序列、社員の顔色を気にして、曖昧な根拠で賃金を決めている中小企業が多いのが実情です。

労働分配率は、年々上昇し全産業平均で55.0%に至っています。

一般的には、労働分配率が50%を超えれば赤字に転落し、3期続けば倒産の危機に直面すると言われています。

新しい働き方やSDGsに配慮するのも大切ですが、合理的な賃金制度の見直しも重要課題です。

健全な事業の継続が担保されてこそ、社会貢献も社員、経営者の豊かさも満たせることを心に留めておきたいものです。


(文責:経営士 江口敬一)

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