それでも経営理論が経営に必要な理由
2023/6/20配信
「実践経営講座 No.30」
経営理論の活かし方がテーマです。
それでも経営理論が経営に必要な理由
◆ 所詮、経営理論は後知恵なのか
「経営に経営理論は必要か」の問いは、古くて新しい論点です。
「経営理論を知らなくても、経営はできる」
「理論で経営ができるのなら、学者かコンサルを社長にすればいい」
そのように思っている社長は、多いのではないでしょうか。
経営理論をもっともらしく唱える学者やコンサルタントの言に従い、成果どころかひどい目に遭わされた社長が、決して少なくないことがその原因でしょう。
ヒヤリングと経営理論を当てはめたフレームワークに時間を潰され、「コンサルに金と時間を無駄にさせられた」体験は、筆者も経営者であった頃、何度か経験しています。
それでも社長を退任するまでの20年間、経営コンサルタントとは、パートナーとして付き合い続けました。
経営学は、過去の企業経営の事例や経営環境を社会科学的、あるいは工学的に解析する学問。
経営理論も、過去の分析に論理的な根拠や法則性を持たせるための、後知恵に過ぎません。
学者やコンサルファームの仕事は、過去の事例や現象から○○理論や○○の法則をマイニングしたり、軍事や他の学問から転用することです。
経営は、ビジョンや経営目的を実現するための、未来に向けた継続的な事業活動。
経営者の仕事は、経営資源を事業にインプットし、生産財をアウトプットすることで利益を含めた企業価値を高め、経営目標を達成することです。
過去の分析を指向する経営学と、将来の経営目標達成を指向する実際の経営では、指の向きが真逆で、そもそも別物です。
経営課題の解決に、経営理論を単純に当てはめれば、破綻するのは当然の結果。
自社や業界固有の経営環境に適合応用するには、経営理論はあまりに抽象的です。
抽象的な経営理論から現実的なビジネスモデルは生まれず、イノベーションの萌芽は、理論を越えた対極に存在します。
それでも「経営に経営理論が必要」なのは、何故なのか。
◆ 経営理論を使える知恵にする
事業を継続するために、社長は状況に応じ、様々な意思決定を行う必要があります。
既存事業で持続的に利益を維持でき、それ以上の成長を望まないならば、意思決定を社長の経験と勘に頼るのが最善です。
社長以上に、自社と業界の実情を知る人間はいないのですから。
しかし、企業を取り巻く環境は絶えず変化しています。
パンデミックの様な予期せぬ経営環境の激変に際しては、業態転換すら、迫られることもあります。
また成長を目指すのであれば、新たな事業領域を開拓しなければなりません。
そのための意思決定には、今までの経験と勘だけではなく、未知の局面に対応できる新たな知恵が必要です。
知恵は、経験と知識を基盤に、仮説や推論の思考を重ねて、芽生えるものです。
経営理論は、抽象的ながらも過去の事実から共通不変の理(ことわり)を言語化した知識です。
未知の局面で必要な知恵は、社長の経験と経営理論をベースに、質の高い思考力があって、初めて生み出されます。
質の高い思考力とは、経営理論や経営法則が生まれた、プロセスや対象事例を分析し、具体的に自社の置かれた経営環境に適応した、視座と視点を整えることです。
◆ 経営理論のさばき方
組織に関する代表的な経営理論に「マッキンゼーの7S」があります。
企業価値を高めるには、組織を
構造(Structure)、
戦略(Strategy)、
システム(System)
のハード面だけではなく、
人材(Staff)、
経営スタイル(Style)、
経営スキル(Skills)、
価値観の共有(Shared Value)
のソフト面を合わせた「7つのS」の相互関係性をマネジメントすることが重要との、組織設計関する経営理論です。
確かにその通りにも思えますが、実際に自社の組織変革にそのまま当てはめてみると、抽象的過ぎて使えそうもありません。
7S理論のベースは、1970年代のホンダの企業研究にあると言われています。
であれば、70年代とはどのような時代だったのか。
その時代に何故、ホンダはアメリカに進出し、研究対象になるほどの成功を遂げられたのか。
その時のホンダは、どのような組織体制で臨んでいたのか。
一つ一つの「S」と相関性も、ホンダの固有名詞と事実で紐解けば、案外、自社の組織改革に必要な、手懸りを見つけられるかもしれません。
経営学に関し「学者は死んだ魚をさばいているだけ」との言があります。
解剖で得られた経営理論を今一度さばき直し、生きた経営に活かすのが、経営者である社長の知恵の見せ所です。
経営コンサルタントの仕事も、経営理論の吹聴ではなく、質の高い理論のさばき方を示唆し、クライアントの成果に繋げること。
経営理論を知らなくても経営はできるし、経営理論を知っているから経営ができるとも限りません。
ただし、経営環境の転機に際しては、経営理論を知ったうえで、使い方を心得ていれば、知らないよりは適切に対応できるはずです。
経営は環境適応業。
経営理論に空論は多いとはいえ、さばき方次第で、環境適応に使える理論も、それなりにあるはずです。
編集後記
新規事業の立ち上げや構造改革など、重大な意思決定を実行するには、数値や論理的な裏付けがなければ、取引先や金融機関、従業員の理解は得られません。
実際には、社長の直感や思い入れの判断であっても、経営理論のロジックで覆うことで、ステークホルダーは納得し協力するものです。
予期せぬ成果も、経営理論で説明すれば、後付けの戦略となりえます。
7Sを提唱したマッキンゼーの当時の社員が著した、『エクセレント・カンパニー』のその後の顛末からも、経営理論の本質の一端が窺えます。
経営理論の使い道は、使い手次第。振り回されることなく経営に活かしたいものです。
(文責:経営士 江口敬一)