人材育成のビジョンと戦略
2024/10/15配信
「実践経営講座 No.51」
人材育成のビジョンと戦略についての考察がテーマです。
人材育成のビジョンと戦略
◆ 「人財の誤謬」と「真の人財」
最近では、大企業の人的資本情報の開示義務化や健康経営の影響もあり、「人材」を「人財」の当て字に言い換える、企業や経営コンサルタントも多いようです。
「人材」は、もともと有能な人、役に立つ人との意味があるのですが、あえて「財」の字を当てることで、採用や顧客の評価を念頭に、「人を大切にする企業」イメージ作りの意図もありそうです。
但し、社員の生産性向上に繋がる、能力開発や育成環境を整備せず、イメージだけで人財を唱えていれば、内実不一致で企業価値棄損のリスクも負いかねません。
人材の当て字で、人材を4タイプに分けることがあります。
「人罪」 問題社員、問題役員。排除すべき悪影響をもたらす人。
「人在」 いてもいなくてもよい人。人的資源、人的資本として期待できない人。
「人材」 役割相応の仕事ができる人。人的資源、人的資本として期待できる人。
「人財」 自ら考え行動できる人。人的資源、人的資本として価値が高くかけがえのない人。
「最初から人材、人財となれる人は限られている。人は誰でも潜在的に自己成長、自己実現の欲求を持っている。人罪、人在であっても人材、人財に育てるのが経営者の使命です」
人材コンサルタントの立派で、もっともなお言葉です。
確かに、人材、人財級の育成ができれば、生産性、収益性も向上し、企業価値は高まるのでしょうが、中小企業にとっては簡単なことではありません。
大企業であれば、多数の応募者から入社試験、面接、適性検査も含め、採用の段階から「最初から人材、人財となれる人」を選考することができますが、中小企業の場合は、そうはいきません。
募集段階から採用人員数に満たず、面接で気に掛かることがあっても、目をつぶって採用するしかないことも、中小企業の現状ではないでしょうか。
結果、気がかりだった点が顕在化し、人罪級の問題社員を抱え込み、想定以下のロースキル、コミュニケーション不全に社長が悩まされるのは、よくある話です。
中小企業としては、人材、人財ならずとも、人在級が得られれば、採用は成功かもしれません。
人材、人財であれ、人存、人罪だろうと、「人財の誤謬」に惑わされず、生産性の高い「真の人材」に育成することが、採用以上に重大な課題です。
せっかく人材、人財に育てた社員を、人在、人罪にレベルダウンさせないことも留意すべき点です。
◆ 人材の学習と成長の視点
「人材」の言葉遊びはともかく、中小企業が「真の人材」を育成には、どうすればよいのでしょうか。
基本は、中期経営計画に人材の視点での達成目標とアクションプランを明確に落とし込むことです。
中期経営計画とは、自社の3年後、5年後のビジョンと経営目標数値を定め、目標を達成するためのプロセス、スケジュールのことです。
現状とビジョンの差異を埋め、目標を達成するには、自社が顧客に提供する製品・サービスの付加価値と生産性の向上や新たな商品開発のプロセスが必要となり、そのプロセスに対応できる人材が必要となりますます。
目標達成に必要な職務遂行能力(スキル)とは何か、スキルレベルをどこまで高めれば、目標が達成されるのか。
スキルアップにより、社員自身のキャリアプランも質的に向上し、自己実現につながることを社員に理解させ、自律的な学習意欲を引き出すことも、中小企業においては社長の大切な仕事です。
現状のスキルと目標達成に必要なスキルの差異を埋める、「学習と成長の視点」でアクションプランを具体的に作成し、学習環境を整え定期的にスキルチェックを実施し、成長を支援することが人材育成の基本です。
◆ 「人材の視点」でのビジョン
「人材はコストではなく資本」そのためには、「人材の視点」でのビジョンが必要です。
毎年のように法定福利厚生費と最低賃金は上昇し、人件費のアップに労働生産性の向上が追いつかない、中小企業も多いのではないでしょうか。
安定成長期には、職能を分業、専門化することが、業務の効率化、生産性向上に効力を発揮していました。
低成長期にあっては、中小企業では大企業以上に、業務のIT、DX化による省人化と人材の多能工化、多能職化を進めなければ、事業継続が困難になりかねません。
「一人減ったら一人補う」場当たり的な対応では、生産性も収益性も漸減し、いずれ経営が行き詰ってしまいます。
うわべの健康経営や人的資本経営に追従し、人材育成のビジョンもプランも無く「人財」を唱え「真の人材」の育成を怠っているのであれば、それは正に、社長や人材コンサルタントの「人罪」です。
経営目標にかなう「学習と成長の視点」による人材育成のビジョンと戦略を明確に持つことが、人材を大切な人的資本、人的資源として、社業と社員の成長に繋げる第一歩となるのではないでしょうか。
編集後記
高度成長期以降、政府の施策もあってか「雇用と人材育成は企業の責任」との日本固有の社会的認識が形成されてきました。
「自らマインドとスキルを養い、自ら職を求める」これが本来の在り様ではないでしょうか。
『実言教』に「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり、されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。
時には『学問のすすめ』を読み返し、立ち返りたいものです。
(文責:経営士 江口敬一)