経営の格言「穴は深く掘れ」を考える
2023/3/7配信
「実践経営講座 No.25」
コアコンピタンスとケイパビリティがテーマです。
経営の格言「穴は深く掘れ」を考える
◆ 「穴は深く掘れ」
「穴は深く掘れ、自ずと穴は広がる」経営に関する格言の一つです。
一つの事業を一所懸命に深掘すれば、深さに応じ事業領域も広がるとの意味のようです。
確かに、スコップで直径30センチ、深さ3メートルの穴を掘ることは出来ません。深く掘るほどに、穴の口径も広げるしかありません。
通訳ガイドになるには、語学や会話力だけではなく、歴史や地理、文化も学ぶ必要があります。
さらに同時通訳士を目指すとなれば、時事や外交慣習の見識も求められます。但し、ここまで深堀する人は限られ、語学の職域でも差別化された存在です。
企業も同じです。他社に無い自社独自の強みとなるコアコンピタンスを手に入れるには、自社の事業を深堀していく必要があります。
その為には継続的に経営資源を投入し続ける資力はもとより、明確な事業軸と強い意志が求められます。
◆ 「穴を深く掘った」事例
T社は、創業19年、北海道の農園経営者を専門顧客に、海外クルーズを企画販売する旅行会社です。
従業員は5人ながらも、年商は2億4千万円、売上総利益率も大手を凌ぐ水準です。
もともとT社は、大手旅行会社のツアー商品を仲介する、個人経営の旅行代理店でした。
転機は、社長のK氏が2月の沖縄離島ツアーに添乗した時の、参加者の一言でした。
「北海道の農家は、11月から3月まではバカンスだから」
露地栽培の農園では、積雪期に土を休ませ、農家の人たちも休養期間に入るとの話でした。
それから3年間、K社長は海外クルーズの仲介と添乗に業務を集中しつつ、代理店業務を脱して、自社で海外ツアーの企画・販売業務ができるよう、旅行業務登録の免許も取得しました。
一方、業務の合間に北海道の農園を訪ね、どんなツアーであれば参加したいのか、ニーズを探り続けました。
現在、T社の主力商品は、大手では企画できないドナウ川、ライン川、セーヌ川などのリバークルーズです。
川沿いの内陸を巡りながらのワイナリーの見学や、農園直営レストランでの農家との懇親会などは、北海道の農家のニーズに応える企画です。
リバークルーズ船の乗客定員数は百数十人程度で、2、3千人規模のオーシャンクルーズ船と比べると規模も小さく、企画にも手間がかかるため、大手旅行会社では手が出せません。
T社は、旅行に関する特定の顧客と領域を深堀した結果、旅行代理店業務から海外ツアー企画販売業務へと事業領域が広がりました。
また、大手旅行会社には無い、コアコンピタンスとなる付加価値の高いツアー商品を手にすることもできました。
コロナ禍で、中小の旅行会社の多くが廃業する中、T社は内部留保の厚さに支えられ、渡航制限解除後のツアー参加予約も、すでに2年先まで埋まっています。
◆ 「穴を深く掘る」要点
T社の成功要因は、以下の3点です。
- ツアーの企画、販売を確固たる事業軸に定め、特定の顧客、領域に特化したこと。
- 旅行業の範疇を逸脱せず、代理店業から企画・販売業への上流転換を計り、既存の経営資源を無駄なく活かしたこと。
- 周到なマーケティングと事業計画で確信を深め、社長が強い意志で、事業に臨めたこと。
T社の例を見る限り「穴を深く掘る」要点は、事業軸を明確にし、自社の経営資源を活かせる領域で、強い意志を持って、深堀することのようです。
中小企業の場合、多角化では、売上高は向上しても、期待するほどの利益は上がりません。
多方面にヒト、カネ、モノを分散することで、結果、経営資源を消耗し、経営基盤が危うくなることも。
経営資源の限られた中小企業が、持続的な成長を目指すには、自社に出来ること、いわゆるケイパビリティを深堀し、コアコンピタンスを磨き上げることが肝要です。
編集後記
事業のライフサイクルが尽きる前に、新しい事業を育てなければ。
切迫感から、あちらこちらに手を出し、中途半端に終わる。
結果、貴重な経営資源を無駄遣いすることに。
新しい事業の種は、案外、既存事業のすそ野に埋まっているかもしれません。
(文責:経営士 江口敬一)