徳は才の主、才は徳の奴(ど)なり(菜根譚)
2020/7/14配信
「中国古典から学ぶ経営 No.9」
今回は「菜根譚(さいこんたん)」からの言葉です。
徳は才の主、才は徳の奴(ど)なり(菜根譚)
◆ 菜根譚(さいこんたん)とは
菜根譚は中国明代末期の随筆集で、著作家の洪自誠によるものです。
前集と後集から成っていて、前集では「人と交わり、事をおさめ、意に応ずる道」を説いています。
後集では「退静閑居の楽しみ方」を論じています。
処世訓といっても良いでしょう。
この著作は中国ではあまり有名ではないようです。
日本では江戸時代に取り上げられるようになりましたが、必読書というほどではありません。
しかし、明治以降、政治家や経営者の隠れた愛読書となっています。
◆ 言葉の意味
このことばは「立派な人になるには人格と才能が必要だが、人格を高めることの方が重要だ」という意味です。
つまり、才能と人格はどちらも大切だけれど、人格の方が主人で才能は召使に過ぎないということを言っています。
例えば、 世の中には才能に優れた人が数多くいます。
頭の良い人、勉強のできる人、スポーツに長けた人、技術のある人。
その才能を活かすには、「徳(人格)」が伴っていなければうまくいかないということです。
スポーツの世界でもそのようなことがよくあります。
技術があって優秀な成績を収めた選手が、指導者として成功をするわけではありません。
人格が伴わなければ、大成はしないということでしょう。
◆ 経営に活かす
また、「才」だけで一時的に成功した人物が、意外なつまずきをして崩れていくことがよくあります。
例えば、最難関の学校を出た人が順調に出世をしたものの、不祥事で失脚したというようなことです。
おそらくその人は人格を磨く努力を怠ってきたのでしょう。
ですから、経営者は経営の知識や戦略を身につけただけでは不十分です。
人格を高めることが必要です。
では、どうしたら人格を高めることができるでしょう。
他の優れた人たちから学ぶこともできます。
書物や歴史からもヒントが得られます。
大切なことは、人格を磨く意思を持つことです。
菜根譚の中にもその多くのヒントがあります。
洪自誠は人格者について、いろいろな要素をあげています。
「清廉で包容力があって、思いやりのある人物」
「人の小さな過失はとがめず、他人の隠しごとをあばかず、人の古傷を忘れてあげることのできる人物」
「固定観念にとらわれず、情勢の変化に柔軟に対応できる人物」
なかなか面白いとらえ方ですね。
いずれにしても、才能に溺れることなく徳を身につけることが経営者には求められます。
編集後記
菜根譚には、「自分を鍛えるときには、金を精錬するようにじっくりと時間を掛けなければならない。
速成では底が浅くなる」という意味の言葉があります。
人間を磨くのには時間がかかるのです。
一生の仕事かもしれませんね。